海はトイレじゃない!
ジェットをやるには、やはり、海が一番だ。
果てしのない水平線に向かって、ジェットを飛ばす。
うぉ〜〜〜
と、思わず叫んでしまう。
千葉県、飯岡海岸でのことだった。
その日はよく晴れていて、風もなく、九十九里には珍しく穏やかな海であった。
海岸についた瞬間にてきぱきとジェットを降ろした我々は、いそいそと身支度を整えた。
こんないい海、めったにない。
寸暇を惜しんで遊ばなくちゃ、もったいない。
早速、エンジンをかけて出発だ。
私のジェットはヤマハTZ700、ウェイブブラスター。
ヤマハのジェットは、ポンプケース(ジェットが推進力を貯めるところ)に水が通っているかどうかを確かめるために、
ジェット後部から天に向かって噴水が出るようになっている。
ジェットは、勢いよく吹き上がる噴水と、心地よいエンジン音とともに水上を滑り出す。
今日は真夏の真っ盛り。
ウエットスーツは着けずに、海パンにライフジャケットだけ。
暑い日はこの格好の方が、水や風を感じて気持ちがよい。
目指すは「屏風ヶ浦」
飯岡海岸の北側、長い九十九里の砂浜の終点は、切り立った崖の連なりである。
銚子まで伸びているその崖を、「屏風ヶ浦」とはよく言ったものだ。
この断崖を屏風に見立てるためには、海側から見る以外にない。
たぶん、漁師がつけた名前であろう。
九十九里は外房である。
外洋は潮の流れが速く、常に大きくうねっている。
小さなジェットで遠出するのは自殺行為だ。
しかし、今日は特別だ。
風もなし、流れもなし、うねりもなし。
この千載一遇のチャンスを逃す手はない。
走ること約30分。
大きな屏風は、私の目にその全貌を映し出した。
果てしなく続くその断崖は、明らかに人間の知恵や力を拒み、自然のまま堂々と立っている。
おおらかな自然の一部を見せてくれた海の神に感謝しながら、帰路についた私を襲ったのは、やはり自然の神のいたずらであった。
腹痛である。
それも下っ腹。
帰り道はどんなに飛ばしても30分。
無理だ。絶対無理だ。
我慢できるような痛みではない。
あっ、ちょっと出たかもしれない。
出掛けに、用は足してきたのに。
昨日、何食ったっけ・・・。
あっ、またちょっと。
余計なこと考えている暇はない。
あたりを見回した。
一緒に来た友人は、力の抜けた私を尻目にさっさと先を行っている。
岸からは遠く離れていて、海岸の人は胡麻粒程度にしか見えない。
ということは、こちらも海の胡麻粒だ。
ケツ断するしかない。
アクセルから手を離す。
アイドリング状態である。
私のジェットには、落ちたとき上がりやすいように座席下後部に取っ手がついている。
まずは、そ〜っと後部から水中へ。
海中で海パンをおろす。
座席下の取っ手につかまり、ジェットによじ登る。
完全によじ登る前に、姿勢を固定する。
不思議なもので、ある年齢から上の日本人は特に、この体勢でないと、力が入らないようだ。
ジェット後部で取っ手をつかみ、しゃがんでいる状態である。
尻は海に突き出している。
もう既に周囲は目に入らない。
暫くの間、至福の時を過ごした私は、はっ、と我に帰った。
無心にバランスをとっていた私は我に帰った瞬間にバランスを崩した。
ドボリと海に投げ出された私の眼前には、プカリプカリと2つ3つ。
手で触らないように、シッシッとやりながらジェットに乗りなおす。
あんなに間近に見たのは、これが最初で最後だろう。
検便の時だって、手の届くぎりぎりの所までは離している。
何事もなかったような顔をして帰った私を、友人は優しく迎えてくれた。
遅かったじゃない。なにかあったの?
いや、別に・・・。ちょっと用を足してきたもんで。
何の用?
黙り込んだ私に、友人もそれ以上は聞かなかった。
えっ?用を足した後、汚れたお尻はどうしたかって?
ヤマハのジェットには噴水がついている。